日本の割箸は絶滅危惧種
はし藤本店は、1910年に奈良県吉野地方から、東京の花街(かがい)である吉原へ吉野杉の箸を売りに出て来たのがはじまりです。
その当時は、建物は杉や桧で建てるのが当たり前で、家具も小物もみんな木でできているのが当たり前でした。
だから、木を植え、森を手入れし、そしてそれを使う。
それがごく普通の時代でもありました。
今では考えられないくらいに杉や桧は身近な存在であり、材としても需要があったのです。
・使い捨てにも意味がある
最近は「割箸なんて使い捨てでもったいない」という人も結構います。
ですが、元々割箸は奈良県のブランド杉である、吉野杉の杉樽の端材(背板(せいた)といい、丸太では一番外側の皮に近い部分です)が「もったいない」からできた商品であり、現在でも割箸の一大生産地である吉野では、建築材として使えない背板を使って作られています。
丸太から四角い材を切り出すとどうしても余りが出てしまいます。
ですが、その部分を使って物作りをしようとすると小さいものしかできません。
そこで、「箸ならたくさん作れる」となったわけです。
杉の木を当たり前に利用していた時代は背板もたくさん出ました。
だから、背板をたくさん消費できない洗って繰り返し使う箸ではなく、使い捨てでたくさん消費出来る割箸が作られたのです。
【割箸製造用の杉の背板】
もともと日本には、「箸には使う人の魂が宿る」という考え方から、箸を使い捨てるという文化が平安時代からありました。
神様からの恵みをいただくための道具である箸には、「清浄であること」が求められます。
割れるようになっているのは、「あなた以外に誰も使っていません(誰の魂も宿っていません)」という証でもあります。
箸袋によくある「おてもと」の文字の意味は、「あなたのお手元の箸ですよ」。
つまり、「これはあなただけの箸ですよ」という意味で、みんなで使う取り箸との違いを明確にするための文言です。
この「あなただけの」という部分が非常に重要なわけです。
「割箸=大量消費時代の象徴」のように語られたりもしますが、箸の使い捨ては私たちの祖先からずっと連綿と続く文化であり、宗教観でもあるのです。
・複雑な環境問題
現在ではテレビやマスコミの影響もあり、間伐材でなければ木を使うこと自体が悪とされてしまう傾向すらあります。
特に杉は花粉症もあるため敬遠されがちです。
杉の割箸からも花粉が出るのではないかと考える人さえいるくらいです。
「花粉症をまき散らすだけの杉なんて全部伐り倒せばいい」
こんな声があるのも事実です。
もちろん、割箸から花粉が出るなんてありえませんし、材として優れている杉を全部伐り倒すなんて極論が過ぎます。
樽材の端材(背板)が割箸のはじまりで今でも建材の背板を材料としていますが、現在樽材の需要はほとんどなく、建築材の需要も減少しています。
つまり、せっかく育てた杉を使わずにいるということです。
これこそ「もったいない」状況ですし、伐られない木がたくさんあっては花粉症対策にもなりません。
日本の環境問題は、木を伐採しすぎることではなく、伐採しなさすぎることにあるのです。
そこで登場したのがバイオマス発電です。
使い道がなく伐採されただけで山に放置された木や、伐採時に切り落とす小枝などがもったいないからそれを燃料として発電するという取り組みです。
でも発電所が持つ発電量に対して燃料が不足してしまい、本来であれば材として使えるはずの杉の木を次々に伐採しては燃料にしているという事例が各地で報告されています。
これでは本末転倒というものです。
・材料不足の問題
割箸にするための背板も、吉野杉から供給されるのを待っていては、材が足りないという事態になりました。
そこで、最近では和歌山県と三重県を含む紀伊半島全域の杉の背板を使用するようになっています。
今では有名な「吉野杉」というブランドですが、そもそもは奈良県の川上村で酒樽を作るためにフシの無い杉の木を育てたのがはじまりです。
まず川上村で確立された育林技術が、東吉野村、黒滝村と伝わっていき、「吉野杉」と名付けられました。
現在は吉野郡全体で育った杉を「吉野杉」と呼んでいますが、なし崩し的に奈良県産の材を「吉野杉」として市場に出したり、まったくの他産地の大きな杉に「吉野杉」の名を付けて販売されていたりということもあると耳にします。
割箸業界でも和歌山県や三重県産の杉であっても「吉野杉」として販売している業者も多いのが実態ですが、はし藤本店では吉野郡産の杉で、樽材の背板である吉野杉以外は「紀伊半島産杉」と明記して販売しています。
その紀伊半島産杉も、建築材として木があまり使われなくなってしまった現在、背板の供給量が需要に追い付いていません。
箸を作りたくても材料が無い、という状況が続いているのです。
国産材を使いたいという飲食店さんもたくさんいるのに・・・。
商売にならないので作る人も減る。
まさに悪循環です。
それならば、背板からではなく、丸太1本丸々箸にすれば良いとも思うのですが、丸太を製材するにはそれなりに大きな設備が必要で、小さな割箸工場の集合体である吉野地域で、各工場がこれから設備投資をするのは難しいのです。
ならば、製材所で板の形にしてもらえば。
これもコストを考えると、とても現実的ではありません。
吉野以外にもわずかではありますが割箸工場はあります。
丸太から製材して箸に出来る工場も。
しかし、需要を満たすには生産量がとてもじゃないですが追いつきません。
木は余っていて材料は足りないというねじれた構図が生まれているのです。
・竹も問題あり
杉がダメなら竹ではどうか?
地下茎で繋がる竹は、伐ってもすぐ伸びるので材は豊富にあります。
しかも、繊維が真っすぐなので折れづらく、割箸としてもきれいに割れます。
箸先も細く加工できるので、仕上がりも申し分なしです。
一方、あっという間に伸びてきてしまうので、利用しないと竹林がどんどん広がってしまいます。
成長が圧倒的に早い竹は、ほかの植物を駆逐していってしまうのです。
根が浅いので、斜面に広がった竹林は土砂災害を引き起こす危険性もあります。
これらは「放置竹林」と言って、全国で問題になっています。
材料はいくらでもあります。
が、こちらも絶望的です。
飲食店に提供できるほどの生産量がある割箸工場はほぼ皆無。
竹細工職人はまだ残っているものの、手作りで出来る量などごくわずかです。
竹を伐るという重労働をする人も年々減少し、高齢化も進んでいます。
「環境にやさしい竹で箸を作っています」
スーパーやコンビニのお弁当に付いてくる箸でよく見かける文言ですが、「竹を使う=環境にやさしい」という考え方は、「木を使う=環境破壊」という考え方の上にあるわけです。
ところがこの竹は海外のもので、箸に加工しているのも海外です。
海外では、日本のように植林するという文化があまりなかったため、自然の森を伐採していった結果、環境破壊を引き起こしたということも事実としてあります。
なので、この場合においては「木を使う=環境破壊」が嘘ではないのですが、日本が抱えている問題と混同してはいけない部分でもあります。
「環境にやさしい竹箸」は、日本の木が使われないという問題も、放置された竹林の問題も、どちらも1mmも関係がないのです。
杉も竹も豊富にあるのに、杉の割箸も竹の割箸も需要はあるのに、杉割箸工場は激減し、竹割箸工場もほぼ皆無。
割箸の製造機械を作る工場すらも日本にはすでにありません。
新規で参入する割箸製造業者もありません。
コロナ渦で事業が継続できなくなってしまった工場、人員を削減して、需要が回復しても職人の人手不足から抜け出せない工場・・・。
日本の割箸はもはや絶滅危惧種なのです。
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